天使ママのお部屋

体外受精、双子妊娠、22週流産、癒着胎盤を乗り越えてベビ待ち中のナースのブログ

私の妊娠ライフその4~だれか夢だと言ってくれ~

こんにちは。天使ママのお部屋へようこそ。

今日は節分です。とは言え、我が家では特に何かすることもないのですが。子供のころは豆まきとか楽しかったな。

さてでは、昨日の続きといきましょう。

不安と戦いながら病院へ

車で病院に向かう間、胎動はちゃんとあるんだよとか、お腹は痛くないんだよ、でも入院にはなるだろうね。なんて不安でたまらず、一人でしゃべっていました。主人は冷静にまずは診察してもらってからだからね。と私を落ち着かせようとしていました。私の頭の中ではいろんなことがぐるぐると駆け巡りましたがそれでもまだなんとかなるってどこかで信じていました。入院しておそらく出産まであと数カ月はベッドでおとなしくする生活になっちゃうだろうけどでもどうにかなるって思っていました。

病院に着いて事情を説明し、暫く待っていました。その間もそんなに出血が出てくる感じはなく、胎動もあったしお腹は痛くありません。大丈夫だ。状況は変わってない。自分で自分に言い聞かせるように心の中で呟いていました。主人も平静を装ってはいましたが内心は不安だったと思います。

呼ばれて診察室に入るとき、はじめて明らかに腹痛を感じました。診察台に上がるときは結構痛みがありましたが横になったらすぐになくなりました。お腹の上からエコーを当てたとき、羊水はたっぷりあって双子も元気に動いていました。私たちは安堵してにこやかにその画像を見ていました。大丈夫だったんだ。ほっとして次は内診をするということで隣の部屋に移動して内診台に上がったとき、明らかな出血がありました。そして先生が中をのぞいた時、すでに子宮口が開き、赤ちゃんを包む胎嚢という袋が見えている状態でした。赤ちゃんはかろうじてまだ子宮の中にとどまっているけれど今にも出てきてしまう状態でした。

イチかバチかでもやるしかない

そこからはいつも冷静で穏やかな先生の緊迫感が伝わって相当にまずい状況だと理解しました。より高度な医療が行える病院への転院も考慮してその病院へ電話を速攻掛けてくれました。しかし、その状態で転院搬送することのほうがリスクが高いということでまずこの病院で点滴加療をして改善傾向がみられたら受け入れるという返事でした。

点滴での張り止めを投与してなんとか子宮口が閉じて袋が中に戻ってくれることを祈るしかないということでした。それも効果があったという報告があるレベルだそうで本当に効くかはやってみないとわからないと言われました。

現在妊娠21週。一般的には24週から赤ちゃんは救命が可能だそうです。それより前に生まれてしまうとどうしても存命は難しく、23週で救命することが出来たという論文が存在するには存在するけどという感じだそうです。あと3週間はなんとか粘らなければ助かる見込みはないということでした。それなら可能性がある治療はなんでもやるしかないってことだと理解してお願いしますと先生に託しました。そのままストレッチャーで病棟へ運ばれ病室に行くのかと思いきや、運ばれた先は分娩室。ここの方が色々と処置がしやすいからだそうですがそれだけいつどうなってもおかしくない状況ということだったのでしょう。

副作用との闘い

張り止めの薬は内服で使っていましたがその時でも動悸が強くて苦しかったのですがそれが点滴になったら副作用も更に強く、ただベッドの上でじっとしているだけなのにマラソンしてるくらいの動悸がして少し体勢を変えただけでも気が遠くなりそうでした。さらに双子が中で動くと動悸も激しくなり本当に意識が飛びそうでした。それから数時間後、先生がまた内診でのぞいてみると劇的に引っ込んでいると声を弾ませて言ってくれました。よかった。ちゃんと効果があるんだ頑張ろう。先生は効果があるとみて、更に点滴の速さを早めました。つまり投与量を増加させたわけですがおかげで動悸はさらにひどくなりました。頭はじんじんするしなんだか耳も遠くなったような。気が遠くなっていたからなのかもしれませんが。あまりにも動悸が強いということで心電図もとってもらいました。不整脈が指摘されたようでしたが私の心臓が持つ限り、この薬は切るわけにはいかない。もう少し。もう少し頑張れば子宮口が閉じれば頸管を縛る手術をすることも可能になると言われていました。それまでどうにかこの薬に耐えなければ。効果があったわけだから頑張る価値はある。先生からはこの治療を続ける条件として感染症が起こらないことと言われていました。一度子宮口が開いて胎嚢が見えてしまった以上、感染のリスクが上がりました。もし感染症がおきて胎児が感染してしまった場合は諦めなければならないと。それを予防するために抗生剤の点滴や膣の中に直接薬を入れる処置をしてもらいました。

夜になって

処置が終わると病室にストレッチャーで移動させられ、そこでどうにかまた数時間が経ち、夜になりました。夕飯は起き上がることも許されず、寝たまま食べろと言われましたがそもそも食欲がわきません。それでも双子のためだと思い、少しは手を付けましたが動悸が強すぎてあまり食べられませんでした。あまりにも動悸が強いということで薬の量が元の量に戻りました。若干動悸は軽くなりましたが今度は熱が上がってきました。だめだ、上がるな。と願っていましたが看護師が二時間おきに熱を測ります。うなぎのぼりに上がっていく熱。だめかもしれない。そう思ったとき、当直の先生がきて採血検査をすると言われました。普通の採血検査と血液の中に菌がいないかを調べる血液培養検査です。培養の検査は数日しないと結果は出ません。でも熱が上がっているときにとらないと意味がないのです。初めて見る若い先生でした。先生と看護師で採血を始めましたが普通の採血検査と違い、培養の検査は他の菌が入らないように滅菌手袋をはめてイソジンで仰々しい消毒をして採血をします。普通の採血より手技が少し複雑であり、先生一人で行うのは難しいので看護師が介助に入ります。これは普通の病院でも一般的によくやる検査で看護師も介助を行う経験は何度もあると思いますが産婦人科でこういった検査は少ないのかもしれません。明らかに看護師は介助方法がわかっていませんでした。先生に指示されながらおぼつかない手つきでなんとかやっています。もたついている間に中の血が固まってしまい、結局採血をやり直す羽目になりました。同業者ですからすぐに慣れてないということは分かってしまいました。見ているこっちが口を出したくなるのをぐっと我慢して眺めていました。

ついに宣告

検査が終わったころ、面会時間が過ぎていたので付き添っていた主人と私の母に早く帰るよう看護師が促しました。二人とも帰りたくなさそうにしながらも仕方なく帰っていきました。その30分後、採血検査の結果が出たということで案の定、感染を示す値が上がっているということでした。いましがた帰ったばかりの家族を呼び戻すよう言われ二人をメールで呼び戻しました。だから検査結果が出るまでいさせてくれてもよかったんじゃないのかなんて思いましたがもうそれでころではありません。二人が戻ると分娩室で説明すると言われ車椅子を持って看護師がやってきました。最初、ここへ来るときは絶対安静でストレッチャーで運ばれていたのに今度は車椅子。あ、もう諦められているんだと思って悲しくなりました。起き上がると動悸がきついし苦しかったですが仕方ありません。どうにか乗り移り分娩室へ運ばれまた分娩台に横になり当直の先生から感染の値が跳ね上がり、他に感染源となるものが見当たらないのでおそらく胎児が感染源であるためもう治療をあきらめざるを得ませんと宣告されました。

時計を見ると夜の23時を回ったころ。この悪夢のような一日が終わろうとしていますがどうやら次の日はもっと悪夢になりそうな予感。誰か夢だと言ってくれと心の中で呟きました。

今日は長くなってしまいました。お付き合いいただきありがとうございます。続きはまた。